施設紹介

 当施設は児童福祉法に基づいた児童福祉施設で、保護者のいない児童や環境上養護を要する児童を入所させ養育育成する児童養護施設です。
戦後、児童福祉法が制定され、戦災孤児をはじめとする両親のいない、或いは家庭のない子どもたちに対し、家庭の役割を果たす施設として、昭和26年に海草郡33ヶ町村により設立決議がなされ、昭和29年に33ヶ町村立として開園しました。
 現在では先述の入所要件に加え、被虐待児童や保護者の育児疲れや入院等で一時的に養育が困難な児童を受け入れる等、社会的養護の基幹施設としての役割を果たしています。
名  称  社会福祉法人和歌山県社会施設事業会 こばと学園
位  置  和歌山県和歌山市直川1437番地
理 事 長  園部正信
園  長  森本祐司
児童定数  60名


本体施設


小規模グループケア棟「あすなろの家」


小規模グループケア棟「クローバーの家」


自活訓練棟「ひまわりの家」

基本理念

子どもを権利の主体として位置づけ、常に子どもの最善の利益に配慮した援助を行う。

基本方針

一 家庭的養護に心がける
 施設生活が子どもにとって負担に感じることのないよう、入所児童の人権尊重に最大の配慮をするとともに、可能な限り明るく家庭的な生活に近づけるよう努めます。
 学園がまさに家庭であり、生活の本拠地であるということを子どもたちが受容し、子どもにとって、安心感が持てる施設づくりを目指します。そのためには、今日の一般家庭の子どもの生活状況の把握に努め、施設生活との違和感の縮小に配慮します。

二 社会的自立を目標とする
 子どもたちが社会的自立をし、将来の人生に明るい展望が開けるよう、学力向上及び社会性の醸成に努力します。

沿革

昭和26年 7月 和歌山県海草郡町村会に於いて設立の決議
昭和28年 6月 厚生大臣設立認可
昭和28年12月 工事着工
昭和29年 3月 県知事より施設認可
     4月 竣工開園 児童定数30名
       海草郡33ヶ町村組合立こばと学園として発足
昭和32年 4月 本館増築 児童定員60名の改定
昭和33年 6月 社会福祉法人海草社会施設事業会として厚生大臣認可
昭和37年 4月 天皇陛下より御下賜金を賜る
昭和38年 4月 同上
昭和41年10月 厚生大臣の認可を受けて設置経営主体を社会福祉法人和歌山県社会施設事業会に改正
昭和46年 4月 天皇陛下より御下賜金を賜る
昭和47年 3月 日本自転車振興会の補助金により本館全面改築竣工
昭和50年 3月 保育室・職員宿舎増築
昭和50年10月 定員70名に改定
昭和57年10月 和歌山西ライオンズクラブより卒業生帰省時宿泊所「ひまわりの家」の寄贈を受ける
昭和58年 3月 車両競技公益資金記念財団補助金により本館屋上漏水工事他補修工事施工
平成 4年10月 和歌山西ライオンズクラブより児童学習室「ひまわりⅡ」の寄贈を受ける
平成 9年10月 国庫補助金の交付を受け本館大規模修繕工事施工
平成18年 3月 県費(国庫)補助金の交付を受け全面改築施工
平成23年 4月 小規模グループケア(クローバーの家)開設
平成25年 4月 小規模グループケア(あすなろの家)開設

歴代理事長

昭和33年6月1日~昭和44年2月10日
昭和44年4月15日~昭和46年6月4日
昭和46年6月5日~平成11年6月4日
平成11年6月5日~平成13年6月4日
平成13年6月5日~平成18年6月4日
平成18年6月5日~現在

奥田賢蔵(県教育父母会議副会長兼県町村会事務局長)
岩井玉和(野上町長)
小馬場俊彦(美里町長)
橋爪麟兒(下津町長)
黒西健司(野上町長)
園部正信 (前こばと学園長)

歴代園長

初代   岡本 寛一
二代目  前田 岩二郎
三代目  奥野 賢蔵
四代目  垂井 圭子
五代目  齋藤 隆
六代目  広瀬 隆英
七代目  竹友 宏
八代目  園部 正信
九代目  森本 祐司

現役員

理事長  園部正信
常務理事 御所伸之
理事   桑原義登
     方村幸代
     小中義之
     森本祐司
監事   村澤博美
     南恒彦
評議員  嶋雅男
     藤原一夫
     藤山弘子
     渡邉倫子

職員配置

内訳
園長
副園長
事務員 
保育士・児童指導員
栄養士
家庭支援専門相談員
個別対応職員
看護師
心理担当職員
里親支援専門相談員
学習支援員
管理宿直専門員